コロナ禍でリアルイベントが止まった2020年以降、チケット電子化・オンライン配信・ファンアプリの導入を急いだエンタメ事業者は少なくありません。
とはいえ、そのほとんどがYouTube・Spotifyといった外部プラットフォームを経由しており、ファンの視聴履歴や購買行動は事業者側に残らない契約条件になっています。
DX投資で問われるのは技術の置き換えではなく、ファンと直接つながるデータの入口を自社で持つことです。外部プラットフォーム経由では手数料を取られるだけでなく、ファンが誰で何に反応したかというデータも握られます。
この記事では、エンタメDXの定義・背景・活用事例・課題を解説します。自社がどこから踏み出すかを判断してみてください。
エンタメDXとは何か
エンタメ業界における従来のIT化は、コンテンツの届け方を効率化する取り組みでした。エンタメDXは、コンテンツの価値そのものや、顧客との繋がり方をデジタル前提で作り直す動きです。事業者にとっての論点は、技術導入ではなく、ファンとの関係をどう持つかに移っています。
従来のIT化との違い
CD・DVDといった物理メディアから、Spotify・Netflixに代表されるストリーミング配信への移行は、エンタメ業界におけるIT化の代表例です。届ける手段がデジタルに置き換わりましたが、コンテンツを一方向に配るというビジネスの形は変わっていません。
エンタメDXは、この流通の置き換えで止まりません。視聴データや行動データをもとにコンテンツの企画段階から作り方を見直し、ファンと双方向の関係を育てるところまで含みます。NFTで作品に所有権を付与する、ファン同士の交流をオンラインで設計する、といった取り組みもこの範囲に入ります。
もっとも、ここで分かれ目になるのが、顧客データを誰が持つかです。配信プラットフォームを経由してコンテンツを届けている限り、視聴履歴や購買履歴はプラットフォーム側に残ります。事業者が自社でデータを集める仕組みを持たなければ、IT化の延長線で終わります。
制作・流通・ファン体験の3領域での変革
エンタメDXが及ぶ範囲は、制作、流通、ファン体験/マネタイズの3領域に分けられます。制作の領域では、AIによる映像編集の自動化やバーチャルプロダクションによるロケ削減が広がりました。流通の領域では、ストリーミング配信のグローバル化に加え、NFTでデジタル作品に所有権を付与する仕組みも実用段階に入っています。
さらにファン体験の領域では、メタバース上のバーチャルライブやオンラインファンクラブを使って、ライブ参加と購買と交流が一つの場で完結する形が現れています。3領域は独立して動くものではなく、制作で生まれた余力をファン体験に回し、収益をマネタイズ設計に反映するという連動で価値が育ちます。
クリエイターエコノミーとの関係性
クリエイターエコノミーは、ミュージシャンや映像作家、イラストレーター、VTuberといった個人が、企業を介さずファンから直接収益を得る仕組みです。YouTube、note、pixiv FANBOXのようなプラットフォームが、広告収入や月額支援、投げ銭の受け皿になっています。
そのためエンタメDXは、企業の話だけで完結しなくなりました。事業者側がファンクラブやライブ配信を自社で運営しようとした場合、相手となるのは大手レーベルや配給会社ではなく、フォロワーを直接抱える個人クリエイターです。データを自社で握るという論点は、個人クリエイター側にとっても同じ課題として残ります。
エンタメ業界でDXが急務なのはなぜか
コロナ禍を経て、オンライン配信とリアル開催を組み合わせたハイブリッド型イベントが新たな標準になりました。技術トレンドが理由ではなく、ファンと事業者の関わり方そのものが書き換わったため、エンタメDXへの着手は先送りしにくい段階に入っています。
コロナ禍で不可逆になったデジタルシフト
ライブコンサート・演劇・映画館などのリアル系イベント施設は、感染拡大期に開催中止や入場制限を余儀なくされました。その代替として、オンライン配信・ファンとのオンライン交流イベント・デジタルコンテンツ販売の重要性が急速に高まり、デジタル基盤を整えてこなかった事業者も、配信や電子チケットの導入に踏み切る場面が増えています。
感染状況が落ち着いてからも、観客はオンライン配信・アーカイブ視聴・SNS連携を当然のものとして行動しており、リアル開催だけに戻す動きは限定的です。オンラインとオフラインを組み合わせたハイブリッド型の運営が、標準的な形として定着しています。
一方、ハイブリッド化はチケット販売・入場管理・配信・物販・ファン交流が並行して動くということでもあり、現場の業務量は以前より増えている状況です。
参加型・推し活へと変化したファンニーズ
完成した作品を受け取り、感想を仲間内で消費して終わる楽しみ方。これがかつてのファンの主流でした。
現在のファンは、SNSで作品の話題を拡散し、ファンアートや切り抜き動画を二次創作として生み出し、クリエイターを直接支援するところまで踏み込みます。グッズ購入やイベント参加にとどまらず、推し活として日常に組み込まれた行動です。そのため事業者には、見せて終わる体験ではなく、ファンが参加できる場を繰り返し設計し続ける役割が求められます。
こうした参加型ファンをライブ・イベントに呼び込む集客の手法は、以下の記事で解説しています。
国境のないコンテンツ競争への対応
日本のアニメ・音楽・ゲームは、Netflix・YouTube・Spotify・Steamなどを経由して、最初から世界中のファンに同時に届きます。海外のコンテンツも同じ経路で日本市場に流入しており、国内事業者は海外作品と同じ土俵で評価される時代になりました。
もっとも、外部プラットフォームを使うほど、視聴履歴・購買履歴といったファンの行動データはプラットフォーム側にたまり、事業者側には残らない契約条件で運用されています。海外配信で得たリーチを自社の事業に還元するには、ファンとの接点をプラットフォーム外にも設け、データを自社側に取り戻す仕組みが欠かせません。
エンタメDXを支える主要テクノロジー
長尺の番組やライブ映像から、SNSで伸びる数十秒のシーンを切り出す作業。テレビ局や配信事業者の編集チームでは、ここに膨大な時間と人手が割かれてきました。AI・XR・5G・ブロックチェーンといった技術は、こうしたエンタメ事業の制作・配信・収益化のあり方を組み替えるための部品として動き始めています。
AI(コンテンツ制作支援・盛り上がりシーン自動検出)
テレビ業界に特化したベンチャーNAXAが2025年7月9日に提供を開始した自動動画編集サービス「Clip Generator」は、ショート動画の編集作業の90%を自動化します。
動画の長さや本数を指定すると、AIが音声データを解析し、視聴者の関心が高まる盛り上がりポイントを自動で検出します。最適なシーンを抽出してショート動画を生成し、TikTok・YouTube Shorts・Instagram Reelsへワンクリックで投稿できる設計です。
長尺コンテンツを抱えるテレビ局・配信事業者・スポーツ団体が、SNSプロモーションを社内の少人数で回すための道具と位置づけられます。
ただし、AI編集ツールが解くのは作業の量だけ。どのシーンが自社ファンに刺さるかという判断材料を自社側に残さなければ、外部プラットフォームの推薦アルゴリズムに視聴データを差し出して終わります。再生回数や反応データを自社側に貯める導線をセットで設計するかどうかが分かれ目になります。
VR・AR・MR(没入型エンタメ体験)
メタバース空間やVRゴーグルを用いると、観客はアーティストと同じ空間にいるような臨場感を得られます。現実の会場では組めないスケールや演出を、デジタル側で作り直せる点が拡張現実技術の使いどころです。
たとえば季節や背景、照明効果を自由に切り替えながら、バーチャル会場で観客同士がアバターを介して交流できます。CG・実写・ARを組み合わせたLEDウォールによるバーチャルプロダクションは、天候やロケ地に縛られずに撮影を進める手法として制作現場に広がり始めています。
VR・AR・MRは、映画館やライブなど既存の収益源を置き換える技術ではありません。同じ作品を複数の入口で楽しんでもらうための追加チャネルとして位置づけられます。
5G(高速大容量通信でリアルタイム配信)
5Gは、IoTやAIと組み合わせて初めてエンタメDXが動きます。高解像度の映像をリアルタイムで複数地点に届ける配信、会場内の数千人規模の同時接続、低遅延を前提とした観客参加型の演出が想定領域です。
たとえばライブ会場の複数アングル映像をスマートフォンに同時配信し、観客が好きな視点を選びながら見る体験。こうした仕組みは、通信帯域が十分に確保された環境でしか成立しません。
5G単体への新規投資ではなく、AI解析や没入型演出を成り立たせる前提インフラとして検討するのが順序として自然です。
ブロックチェーン・NFT(コンテンツ所有権と新収益源)
ブロックチェーンは、デジタル作品やチケットの取引履歴と所有権を改ざんしにくい形で記録する技術です。NFTはこの仕組みで複製できないデジタルの一品ものを発行・流通させます。
エンタメ領域では、限定映像・ライブの記念チケット・デジタルアートをNFTとして販売する動き、観光資源と組み合わせたデジタル御朱印や花火打ち上げ体験のようなコト消費型NFTが登場しています。
注目したいのは、二次流通でも発行元に手数料が入る設計を組める部分です。プラットフォームに手数料を差し出すモデルから、ファンの取引そのものを収益源にするモデルへ切り替える選択肢になります。
エンタメDXの活用事例
カラオケまねきねこを展開するコシダカホールディングスは、アプリのユーザーデータで来店頻度と消費単価の相関が見えてきた事業者として知られています。同様に、チケット・店舗・ライブ・ファン基盤・メタバースの各領域でもデータを自社で握る動きが出ています。
チケット電子化:チケミーのQR・NFTチケット
チケミーは、QRコードチケットとNFTチケットを中心としたチケット販売プラットフォームを提供しています。大手芸能事務所や大手eスポーツチームへの導入実績があり、紙チケットの印刷・配送コストを削減しながら、QRコードと本人確認の組み合わせで不正転売を防止する設計です。
QRコードチケット側は、購入から入場まで紙媒体を必要としない完全デジタル化と、多言語対応・本人確認連動を受け持ちます。海外ファンや訪日観光客が混在する興行でも、入場ゲートでの本人特定がアプリ側で完結します。
たとえばブロックチェーン基盤のNFTチケットは、推し活・ファンマーケティングに活用できます。観劇・ライブ参加の履歴がファン本人のウォレットに残るため、特典付与やシリアル特典の判定を自社側で完結できる利点を持ちます。
外部プラットフォーム経由のチケット流通では、購入者データはプラットフォーム側に集まったまま戻ってきません。自社の興行データを自社で持ち、ファン基盤の形成につなげるための一次データを残せるか、ここが分かれ目になります。
QRコード電子チケットの仕組みや入場フローを事前に確認しておくと、導入後の運用設計がしやすくなります。
店舗OMO:コシダカHD「まねきねこ」のアプリ連携
コシダカホールディングスのカラオケまねきねこは、約1000万人規模まで育てたOMO戦略の代表例として知られています。来店予約、ルーム情報、ドリンクや料理の注文、会員ランク管理までをアプリに集約し、店舗を訪れる前から退店後までをひとつの導線でつなぎました。
アプリのユーザーデータからは、来店頻度と消費単価の相関が読み取れるようになっています。何回目の来店で単価がどう変わるか、どの時間帯にどの世代が滞在するか、こうした粒度の分析が日次で動く環境。オフライン店舗だけを運営していた段階では、レジの集計と紙のアンケートに頼るしかありませんでした。
たとえばクーポン配信や新メニュー告知も、利用パターン別に出し分けられる運用に変わりました。来店間隔が空き始めた会員には呼び戻しの通知を、月数回の常連には新サービスの先行案内を、と切り分けた打ち手が成り立ちます。
もっとも、約1000万人という数字に到達するには、アプリのインストール動機をオフライン店舗側で設計し続ける必要がありました。レジでの案内、ルーム内の掲示、会員特典の設計が地道に積み重なっての到達点です。
VR/ARライブ:ホロライブ・にじさんじの取り組み
カバー株式会社が運営するホロライブと、ANYCOLOR株式会社が運営するにじさんじは、所属VTuberによるVR/ARライブを定期的に開催してきました。3D空間でアバターが歌唱・演技を行い、観客はオンライン配信と現地会場の両方からアクセスします。
ライブの収益は、配信チケットの販売、グッズの同時販売、メンバーシップ会員への先行配信などを組み合わせて構成されます。たとえば配信側では同時視聴数十万人規模の動員が積み上がり、現地会場では数千〜万単位の物販が回る設計です。
もっとも、既存のライブ興行ビジネスを置き換える技術として広がっているわけではありません。リアルとデジタルが互いに支え合い、既存収益源を広げる形で動いているのが現状です。
ファンプラットフォーム:HYBE/Weverse
BTSなどを擁する韓国のHYBEは、自社運営のファンプラットフォーム「Weverse」を持っています。アーティストの投稿、ファンとの交流、メンバーシップ会員向けコンテンツ配信、グッズや配信チケットの販売までを、外部SNSや外部ECに頼らず自社ドメインで完結させています。
たとえばグローバルに広がるファン層の購買履歴・視聴履歴・コミュニケーション履歴が、すべて自社側のデータベースに集まります。アーティスト単位での売上分析や、地域別のファン動向の読み取りも自社の手元で動きます。
プラットフォーマーに依存しない自社基盤を持てるかは、エンタメ事業の規模と投資判断によって分かれます。ただ、ファン基盤を自社で握る方向性自体は、規模を問わず参照される考え方です。
メタバースライブ:Fortniteのバーチャルコンサート
Epic Gamesが運営するFortnite内で2020年に開催された、米ラッパー、トラヴィス・スコットのバーチャルライブは、同時接続1230万人を記録しました。ライブイベント史上最多の動員規模で、売上は2000万ドル以上に達したと公表されています。
プレイヤーはゲーム内のアバターでバーチャル会場に集まり、巨大化したアーティストが空中で楽曲を披露する演出を体験しました。物理会場では組めない空間設計を、メタバース側で実装した事例です。
ライブ後のグッズ販売、関連ゲーム内アイテムの配布、フォローしたファンへのプッシュ通知も、Epic Games側のプラットフォーム上で連動しました。
たとえば中小規模の興行事業者が同じスケールを再現するのは難しい話です。とはいえ、自社IPを既存のゲーム空間に持ち込む、あるいは小規模なバーチャル会場をパートナー企業と共同運用するといった選択肢は、検討の俎上に上がり始めています。動員数の最大値より、ファン1人あたりの体験密度をどこまで上げられるかで判断すべき領域です。
エンタメDX推進で直面する課題
YouTubeやNetflix、外部ECサイトを経由してコンテンツを届ければ多くのユーザーにリーチできる一方、再生回数や売上のうち一定割合は手数料と広告収益の分配で削られ、利益率は自社の想定より下がります。ファンが誰でどんな購買履歴を持っているかも、プラットフォーム側に残り、事業者の手元には集計後のレポートしか戻ってきません。
外部プラットフォーム依存と手数料・データ問題
プラットフォーム依存の象徴的事例として知られるのが、Apple対Epic Gamesの裁判です。Epicは自社ゲーム『フォートナイト』内でAppleの決済システムを迂回する独自課金を導入し、これに対しAppleはアプリをApp Storeから削除しました。争点となったのは、Appleがアプリ内売上に課していた30%の手数料です。
エンタメ事業者がスマホ向けに自社アプリを出しても、課金が発生する場面ではこの手数料が前提となります。アプリ内で1000円のデジタルチケットを売ると、300円は決済プラットフォーム側に渡る計算です。
もっとも、痛手は手数料だけにとどまりません。アプリストアや配信サービスを経由した売上は、購入者の属性・購入頻度・離脱タイミングといったデータがプラットフォーム側に集約され、事業者本人には限定的にしか戻ってきません。ファン基盤の形成や、リピート購入を促す施策の設計に必要な一次データが、自分たちの手元に来ないままになります。
自社で顧客データを持てない契約の壁
外部プラットフォーム経由で販売した場合、購入者の氏名・メールアドレス・購買履歴は、利用規約上プラットフォーム側の資産として扱われるケースが大半です。事業者が受け取れるのは集計後のレポートに限られ、個別ユーザーへの直接連絡やセグメント配信は契約上できません。
ところが、ファンとの関係を深める施策の多くは、この個別データがあって初めて設計できます。新作リリースの先行案内、推し活向けのレコメンド、休眠ファンの呼び戻し。どれも、誰に・いつ・何を届けるかが分からなければ動かせません。
自社でデータを取るための起点として、販売チャネルの選択は大きな分岐点になります。紙と電子それぞれのメリット・デメリットは以下で解説しています。
▶ イベントチケットの販売方法を比較!紙と電子の選び方も解説
AI・データ分析を扱えるDX人材の不足
自社でデータを取れる仕組みを作っても、それを動かせる人がいなければ意味を持ちません。エンタメ業界の現場はクリエイティブ職と興行職が中心で、データエンジニア・データアナリスト・AIプロダクトマネージャーといった職種は社内に少数です。さらに、求人を出してもIT・金融セクターとの取り合いになり、採用は容易ではありません。
外部委託で凌ぐ選択肢もありますが、データ設計のノウハウが社内に残らず、契約が切れた瞬間に運用が止まるリスクは消えません。
レガシーシステムからの段階的移行
既存システムの一括置き換えは、エンタメ事業者には取りづらい選択肢。チケット販売・在庫管理・会員管理・会計が長年連動して動いており、一気に切り替えれば興行スケジュールに直接の支障が出ます。
そのため、移行は順序を切ります。まず顧客データベースを新基盤に切り出し、次にファンとの接点となるアプリやマイページを新基盤に接続し、最後に在庫・会計といったバックオフィスを順に統合する流れです。
並行運用の期間が長くなる難しさはあるものの、各段階で売上・問い合わせの数字を確認しながら進めれば、止まらないDXへと近づける移行設計になり得ます。
中小事業者でも始められるエンタメDXの進め方
多くの施設運営企業は、戦略なしに大規模投資から始めてDXで躓きます。設備刷新と業務システムの全面入れ替えを同時に走らせ、現場が使いこなせないまま稼働が遅れる事例が中小イベント施設で繰り返されてきました。
一方で、運営コスト15-25%削減を実現した事業者は、初期投資回収期間が18-24ヶ月程度に収まる小さなシステムから順を追って着手しています。予算規模ではなく、どこから手を付けるかの順序設計が、この結果を分けています。
大規模投資から始めて頓挫する失敗パターン
DXで最初に失敗するのは、戦略を固める前に予算を確保し、ベンダー主導で大規模システムを発注するパターンです。中小イベント施設の現場では、繁忙期と閑散期の波・設備の陳腐化・スタッフのデジタルリテラシー格差というイベント施設固有の課題が併存しています。
大型予約管理システムや統合CRMを一気に導入しても、繁忙期は手が回らず旧来のExcel運用に戻る。閑散期は使う頻度が下がって定着しないという往復が起こります。
そのため、現場の課題と無関係な機能をフル装備したシステムは、初年度から減価償却だけが進む状態に陥ります。スタッフが触れない管理画面が増え、ベンダーへの問い合わせ対応で運営側の工数が膨らみ、本来削減したかった作業時間がむしろ増えるという逆転が起こりがちです。
導入時点でKPIを置かず「DX化」というスローガンだけで投資判断を下したケースほど、稼働後の評価軸は曖昧になりやすくなります。何を達成すれば成功と呼べるのか社内で合意できないまま、システム更新の時期だけが来てしまいます。
スモールスタートで小さな成功体験を積む
順序を変えると結果は違います。広範なDXシステム導入による運営コスト15-25%削減ケースの初期投資回収期間は通常18-24ヶ月程度であり、この水準に到達した事業者はいきなり全社展開を狙っていません。窓口業務の一部、たとえばチケット販売や来場者受付など単一プロセスから着手し、3〜6ヶ月単位で効果を測りながら範囲を広げる進め方が中心です。
小さな成功体験を積み重ねることが、組織全体のDXへの理解と協力を得る近道になります。ひとつの業務で削減時間が見えると、隣の部署からも同じ取り組みを求める声が出始めます。経営層も数字で判断できるため、追加投資の承認が早くなるという連鎖が起きます。
実際に、最初の3ヶ月で受付業務の時間が短縮できれば、その削減分を次のフェーズの予算原資にあてられます。資金繰りに余裕がない中小事業者ほど、この回収サイクルを短く回せる設計が実際に効きます。
現場の課題を洗い出し優先度を決める
スモールスタートの起点は、技術選定ではなく現場の棚卸しです。各部門の業務を時間軸で書き出し、頻度の高い手作業・属人化している判断・ミスが発生しやすい箇所を3列で並べる作業から始めます。
そのうえで、改善余地の大きさと導入の手間を二軸でマッピングします。月100時間以上を消費している作業のうち、外部システムで置き換え可能なものから着手するのが原則。優先度を決めずに「やれそうな順」で進めると、効果の薄い改善が並び、半年後に振り返ったとき投資対効果を説明できません。
ファン接点(チケット電子化・ファンクラブアプリ)から始める
エンタメ事業者にとって最も投資効果が見えやすいのは、ファンとの接点をデジタル化する領域です。スマートフォンアプリ連携デジタルチケットシステムを導入すれば、購入から入場まで一切の紙媒体を必要としない完全デジタル化が成立し、印刷・配送コスト削減と顧客データ取得を両立できます。紙チケットの場合、誰が買ったかを事業者が知れるのは販売時点まで。来場後の行動データは外部プラットフォーム側に残ってしまいます。
もっとも、チケット電子化だけでは接点が単発で終わります。ファンクラブや推し活向けの専用アプリを併走させると、ファンが一つのアプリで情報閲覧・コンテンツ視聴・購入・コミュニケーションを完結できる環境ができ、利便性と満足度が高まります。アプリ内の行動履歴は事業者側に残るため、人気コンテンツの傾向や購入パターンを次の企画にあてられます。
中小事業者がいきなり大規模なユーザー基盤を狙う必要はなく、まずは年間来場者数の数%を会員化するところから始めれば、3年で運営判断に使えるデータ量に到達します。
チケット販売で発生するシステム利用料・手数料の種類と相場を知っておくと、コスト試算が立てやすくなります。
▶ チケット販売のシステム利用料とは?手数料の種類と相場を解説
データを取り始め改善サイクルを回す
ファン接点を電子化すると、来場者数・購入単価・リピート率・離脱箇所が日次で取れるようになります。初月から劇的な数字は出ません。3ヶ月で傾向が見え、6ヶ月で施策の良し悪しが判定でき、12ヶ月で年間サイクルの全体像が描けるリズムです。この時間軸を経営層と共有しておかないと、3ヶ月目の中間報告で投資打ち切り判断が出ます。
データ収集の初期段階では、追う指標を3〜5個に絞ります。来場者数・客単価・リピート率・アプリ起動回数・特定コンテンツの完視聴率など、自社の収益に直結するものだけを毎週確認するサイクルに入ります。
指標が10個を超えると、誰も全部を見なくなり、データはあるのに意思決定に使われない状態に陥りやすくなります。
もっとも、自社のリソースや業界特性によっては、ここで挙げた進め方がそのまま当てはまらない場合もあります。本記事は中小イベント施設・コンテンツホルダーを想定しており、規模や事業形態が異なる場合は個別の検討が必要です。
エンタメDXの今後の展望
NEIGHBORが2025年6月23日に一般公開したAIゲーム生成プラットフォーム「DreamCore」のβ版では、専門知識のないユーザーがノーコードのテキスト入力だけでゲームを制作・公開できます。生成AIの普及によって、これまで開発スタジオしか扱えなかった領域に個人クリエイターや小規模事業者が踏み込める環境が整いつつあります。
エンタメDXの次のフェーズは、巨大IPの独占的な制作体制から、中小事業者と個人クリエイターが自前のコンテンツやファン体験を生み出す方向へ動いています。
AI動画生成・編集自動化の本格化
NEIGHBORの「DreamCore」は、テキスト入力だけでゲームを制作・公開できる仕組みを2025年6月23日にβ版で一般公開しました。ノーコードで動く点が大きな転換で、ゲーム開発の経験がないユーザーでも自分の企画を形にして配信できる環境が広がっています。
たとえばTECHFUNDの「聖地巡礼ノートピア」は、アニメの聖地巡礼をサポートするサービスとして2025年4月25日にβ版が公開され、2026年3月の正式版リリースが予定されています。AIが現地写真や原作シーンを照合し、ファンが訪問記録を残せる仕組み。動画や画像生成の自動化と組み合わせれば、ファンクリエイティブの投稿フローが大幅に短縮されます。
中小イベント施設やコンテンツホルダーにとって、AIによる動画生成・編集の自動化は、これまで外注に頼っていたプロモーション素材を自前で回せる転機になります。撮影後の編集工程を内製化できれば、SNS投稿のサイクルを早め、自社ファンと直接つながる接点も増えていきます。
メタバース・XRイベントの拡大
仮想空間でのライブやファンミーティングは、コロナ禍以降に一時的な代替手段として広がりましたが、現在は恒常的なチャネルとして再設計される段階に入っています。たとえば現地公演の前後にメタバース上で出演者と交流できる時間を設けたり、XRデバイスで会場の演出を拡張する取り組みが各地で進んでいます。
中小興行事業者にとって、メタバース・XRイベントはチケット単価と来場体験の幅を広げる手段です。物理会場の収容人数に縛られず、遠方ファンとの接点を持てる点が現場での投資判断を後押ししています。
ブロックチェーンが支えるファンエコノミー
劇場版『鬼滅の刃』無限列車編は世界興行収入517億円、来場者数4135万人、世界45カ国以上で上映されるヒットを記録しました(2021年5月時点・アニプレックス発表)。これだけ大きなIPでも、配信・物販・グッズの多くは外部プラットフォームを経由するため、誰がどこから何を買ったかというファンデータは作品保有側に十分残らない状況が続いています。
プラットフォーム依存によってユーザーとの直接接点が薄まり、顧客基盤の形成やデータ収集が難しくなる課題は、業界全体で長く指摘されてきました。
たとえばブロックチェーン技術は、こうした課題に対する解決策を提供しつつあります。2018年5月に創業したGaudiyは、Sony Music・集英社・アニプレックスとともにエンタメ業界のDXを進め、ファンコミュニティ運営とNFT発行を組み合わせた仕組みを各IPで展開してきました。ファンが作品を応援した履歴や購入記録がトークンとして残り、IPホルダー側がファン一人ひとりとの接点を取り戻せる設計です。
実際に中小コンテンツホルダーにとって、ブロックチェーンは大型プラットフォームに依存せずファンとの関係を直接持てる、小さな投資から踏み出せる技術です。NFTやトークンを使ったコミュニティ運営から始めれば、自社でファンデータを握る道も開けます。
まとめ
エンタメDXの判断軸は、「ファンと自社が直接つながる仕組みを持っているか」に尽きます。YouTubeや外部チケット販売サービスを経由してコンテンツを届けるだけでは、購入者の属性・来場頻度・コンテンツ消費履歴といったデータはプラットフォーム側に残り、事業者の手元には集計後のレポートしか戻ってきません。
DXに費用をかけてもファンデータが手元に残らない状態が続けば、次の施策の材料が積み上がらないままです。
そのため、最初の一歩はAIや5G・NFTといった技術の選択よりも、自社でファンデータを取れる接点を一つ確保することです。チケットの電子化や会員アプリの整備は、ファンと直接つながるチャネルを手元に置く手段です。大規模な基幹システムの刷新から始める必要はなく、購入・来場・コンテンツ消費のいずれかのデータを自社で持てる仕組みを一つ持つことが、中小事業者にとって最初の一歩になります。
