そこに台詞はない。あるのは、役者の声と息遣い、全身の表現、そして生演奏による音楽と効果音だけ――。

そんな新感覚のエンターテインメントが、東京芸術劇場シアターウエストで8月5日よりスタートします。俳優・水野美紀さんがプロデュースを手がけ、自らも出演する『礎の響(いしずのひびき)「天下の分け目に立つ者」 ― Those Who Stand at the Divide ―』。関ヶ原の戦いを舞台に石田三成と大谷吉継の友情を描いた、ノンバーバル(非言語)演劇です。ブロードウェイでのロングラン公演を目指して制作が進められている同劇は、昨年秋に第1弾を国内で公開。今作は第2弾として、作品の新たな可能性を拓こうとしています。

今作の見どころや楽しみ方、キャスト陣の魅力とは。また、水野さんは何を目指して『礎の響』を制作しているのか。ご本人に詳しく伺いました。

目次
  1. 没入感が魅力。関ヶ原の戦いを描いたノンバーバル演劇
  2. 日本の文化と世界最先端の表現を追求した演劇に。今作の見どころと楽しみ方とは
  3. ブロードウェイを目指した作品づくりを実践
  4. 「濃密な1時間のエンターテインメントを浴びに来てほしい」

没入感が魅力。関ヶ原の戦いを描いたノンバーバル演劇

――8月5日にスタートする『礎の響「天下の分け目に立つ者」 ― Those Who Stand at the Divide ―』は、どのような舞台なのでしょうか。

タイトルにもあるように、天下分け目の戦いとも言われる「関ヶ原の戦い」の中にある物語を、ともに西軍の中心的な武将として活躍した石田三成と大谷吉継の友情を軸に描いたノンバーバル演劇です。

昨年秋に初めて上演し、今回はその第2弾。前回は「合戦の前に徳川家康が神田明神で祈祷をした」という言い伝えをもとに、神田明神ホールを会場として公演を行いましたが、今作は東京芸術劇場シアターウエストを舞台に、客席ごと関ヶ原の戦いの時代にタイムスリップするという設定でストーリーを描いています。

――「ノンバーバル演劇」というジャンルがあるのですね。

ノンバーバル演劇とは、非言語演劇と訳されますが、厳密には意味のある言葉を一切使わないお芝居のことです。声は出しますし、音楽も使いますが、身体表現を中心に言葉に頼らずドラマを伝えます。ブロードウェイではノウハウやセオリーが確立し、かなり盛んに上演されているジャンルです。

日本ではまだあまり普及していない種類の演劇だと思います。私もこの作品をつくる中で初めて知りました。

ブロードウェイで人気のあるノンバーバルショー『STOMP(ストンプ)』で長く主役を務めていたニューヨーク在住のクリエイター、Fraction Y.Zenithから演出の手ほどきを受けつつ、キャストの皆さんと手探りで舞台をつくり上げています。

――言葉を使わずとも演劇が成立するとは不思議です。

そうなんです。観客の皆さんにお芝居がきちんと伝わるんですよ。むしろ言葉がない分、いま何を表現しているのかを感じ取ろうと、目や手の動きから顎の角度、立ち位置まで役者の一挙手一投足に引き込まれるので、より没入して見られるスタイルの演劇だと思います。

日本の文化と世界最先端の表現を追求した演劇に。今作の見どころと楽しみ方とは

――ノンバーバル演劇の中でも、今作の独自性はどこにあるのでしょうか。

一番の独自性は、効果音もすべて生音である点です。『礎の響』は日本での公演の模様を映像資料化し、それを海外でプロモーションするのも大きな目的のひとつとして掲げています。そのため、欧米の演劇では基本的にマストである生演奏にこだわり、刀で切られる音など劇中の効果音もすべてヒューマンビートボクサーに声で表現してもらいましたこうした表現方法は、世界を見渡しても、おそらく私たちの作品でしかやっていないものだと思います。

それからやはり、「日本の物語を描いている」ということですね。関ヶ原の戦いをテーマに、忍者や侍といった日本ならではの存在が登場人物として出てきますし、殺陣などの日本のエンターテインメントも要素として盛り込んでいます。

あとは、パルクールとクランプダンスも見どころです。パルクール(※)はエアリアルの大会で優勝経験のある松下広敬くんがお芝居の中で披露します。ストリートダンスのひとつであるクランプダンスでは、プロダンスリーグのD.LEAGUEで優勝したFULLCAST RAISERZというチームのディレクター兼パフォーマーを務めるKTRくんが出演。振付も担当しています。

※パルクール:走る、登る、飛ぶといった動作を鍛え、芸術的かつ効率的に移動するスポーツのこと。

――ノンバーバル演劇に触れたことがない方に向けて、今作の注目ポイントや楽しみ方を教えていただけますか?

(舞台上のセリフのやりとりを一方通行的に追うのではなく)客席も使いながら、劇場内のいろいろなところで同時多発的に芝居をするなど、観客の皆さんが没入できるような作りになっています。公演時間も1時間と短いので、とにかく難しく考えずに演劇を“浴びに”来ていただけたら。

今回はお客さんも関ヶ原の戦いの時代にタイムスリップするという趣向ですから、劇場でお配りする「意思表示カード」を通じて、投票形式で物語の進行にも関わっていただきます。いくつかある選択肢の中からストーリーの進む方向を選べる分岐点を劇中に1カ所設けているので、カードを使ってぜひ一緒にお芝居に参加して、この作品を楽しんでもらえたら嬉しいです。

――物語の進行に関与できると、観る側もより一層、演劇の内容を自分に引き寄せて捉えることができそうですね。

意思表示の仕掛けは、まさにその「関ヶ原の戦い、武将たちの戦いを自分事として感じてほしい」という意味合いを込めたものです。

劇中に登場する戦国武将たちは、私たちと全く関係のない他人ではありません。何世代もかけて血が繋がって、私たちがいま、ここに生きています。一説では、関ヶ原の戦いで、徳川家康の率いる東軍ではなく石田三成の率いる西軍が勝っていたとしたら、現代の人間はほぼ99.9%存在しないと言われています。つまり、意思表示カードで自分が選んだ物語の内容によっては、西軍が勝ち、自分が存在しない現代にたどり着いてしまうわけです。意思表示カードを使う瞬間は、単純な物語の選択ではなく、考えようによっては自分の存在の有無をかけた決断になる。

その重みとともに、石田三成や大谷吉継などの戦国武将を、歴史の教科書に書かれている遠い存在ではなく、目の前にいる生身の人間として体感してもらいたいんです。彼らも同じ人間で、私たちと同じように血が通い、悩みや苦しみを抱えてきた。命を懸けて生きてきた。そういう姿を、今作を通じて目の当たりにしてほしいなと思います。

ブロードウェイを目指した作品づくりを実践

――先ほども少し海外展開への言及がありましたが、今回の『礎の響』第2弾もブロードウェイでの上演を視野に入れながら作品づくりを進めているそうですね。

そうですね。『礎の響』はまだブロードウェイでのデベロップメント(※)の一歩を踏み出したばかりですから、これで完成というわけではなく、今はいわば“商品開発期間”の段階です。第1弾では「日本の圧倒的な殺陣の技術を見せること」をテーマに上演しましたが、今回は「お芝居とチームワーク」をアピールできるよう制作しています。

※作品のブラッシュアップ期間。詳細は後述

――ということは、今作は単なる続編ではなく、前作の物語や構成、演出をベースに新たな角度から表現した新作という位置づけになるのでしょうか?

おっしゃる通りです。物語としては、1作目と内容が重なるところもあります。

実はブロードウェイでは、日本のように「完成したお芝居を披露して終わり」にはしません。ロングラン公演につなげるために、「デベロップメント」という作品のブラッシュアップ期間を設けています。中身を変化させながら上演を重ね、内容を磨き上げて作品の可能性を感じてもらうことで、投資家を集めたり、海外公演に繋げたりするんです。

『礎の響』もその手法を取り入れ、日本でデベロップメントを行い、ブロードウェイでプロモーションするという形をとっています。なので、第3弾も制作します。次作はまた違ったテーマを掲げながら上演する計画です。

――ちなみに、前作のプロモーションを通じて、『礎の響』という作品の可能性や海外での反響をどのように感じていますか?

1作目のアメリカでのプロモーションがじわじわと広まってきていると感じます。前作でキャストを務めた俳優に現地で制作・公開するショーやミュージカルへの出演オファーがかなり来ていて、向こうでのイベントに招かれて登壇した人もいます。そうした反響を見ていると、やはり日本の役者やパフォーマーも世界で通用する実力を持っているのだと感じますし、海外でも日本の物語が求められていることを実感します。

今回の作品でも、俳優陣のアメリカでのチャンス獲得に絶対に繋げたいです。そしていずれは、ニューヨーク市マンハッタンにある中小規模の劇場、いわゆる「オフ・ブロードウェイ」でのロングラン公演を実現できたらと思っています。

――今作で描かれる武将たちは国内でも人気のある人物ばかりです。海外だけでなく、国内でも作品が広がっていく可能性がありそうですね。

広げたいですね。特に国内では、インバウンドのお客さんに繋げたいという想いがあります。いつか常設シアターを作り、観光の1つとして見に来ていただけるようなショーにできたらいいなと思います。

――ブロードウェイのトレンドやプロモーションの反響を意識して構成・演出した箇所があればお聞きしたいです。

ヒューマンビートボックスで効果音を入れるという点は、前作で高評価をいただいたため、今回も継続しています。

加えて、没入型の演劇をつくることにも引き続きこだわりました。ブロードウェイではロングラン公演をすることを前提にショーをつくり上げていくので、『礎の響』も若い方が観て楽しんで、「もう一度行きたい」と思ってくださるような要素を組み込んだつもりです。

先ほどお話した投票による物語の内容の選択もそのうちのひとつです。また、すべての登場人物にそれぞれのストーリーを散りばめているので、どのキャストを主に目で追うかによって、キャッチできる物語も少し変わります。いろいろな見方のできる、一度ではすべてを把握できないつくりの演劇になっていると思います。

――何度も観ることで、深く味わえる作品になっているのですね。

劇場に足を運ぶごとに「この時、この人はこういう表情をしていたんだ」と気がつくなど、考察が深くなっていくのかなと思います。

――そうした作品の多面性は、ノンバーバル演劇だからこそ実現できるもののような気がします。

そうですね。言葉で明確な答えを伝えてはいませんから、自由な解釈と想像力で楽しんでいただきたいです。

「濃密な1時間のエンターテインメントを浴びに来てほしい」

――公演初日まで1カ月を切りましたが、準備の手応えはいかがですか?

ブロードウェイの水準で準備をしているので、クオリティをできる限り上げた状態で初日を迎えられるように、毎日やるべきことを詰め込んで稽古をしています。演者の皆さんも最初は「ノンバーバル演劇とはなんぞや」というところからのスタートでしたが、いまはとても前のめりに取り組んでくれており、自分でもいろいろと発見して頑張ってくれています。皆、稽古の時間を1分も無駄にせず、「昨日より一段も二段も成長して帰る」、そんなモチベーションでやってくださっているので、とても良い空気感でチームが出来上がってきていますね。

――最後に、今作に興味を持っている方に向けてメッセージをお願いいたします。

私は演劇を見ると、鳥肌が立ったり、なぜか分からないけれど涙が出たりといったことをよく経験します。その理由を調べてみたら、演劇を見ると物語を自分事のように感じ、それによって深く感動すると脳内ではドーパミンという物質が出て、いろいろな身体反応が起きるそうです。同じエンターテインメントでも、臨場感や没入感がより強い演劇にはストレスを解毒したり、前向きな気持ちや一歩踏み出す勇気を呼び起こしたりと、人間の心に処方箋として作用するものがあるようなんです。

私たちも、そうした演劇をお見せできるように準備をしていますので、ぜひ劇場に足を運んでいただき、濃密な1時間のエンターテインメントを浴びて日頃のストレスを解消していただければ。言葉を使わないノンバーバル演劇ですし、音楽が大好きな方などにも、ぜひ見ていただきたいです。難しく考えずに、ライブに行く感覚で観に来てくださったらと思います。

取材・文:市岡光子
写真:芳澤ルミ子