予算も人手も限られる中小美術館の担当者は、AR/VRや収蔵品の全面デジタル化といった大がかりな施策を思い浮かべ、自館では無理だとDX着手前にあきらめがちです。

美術館DXの第一歩は、収蔵品の全面デジタル化ではなく、来館者と接するチケット販売・受付のデジタル化です。2023年施行の改正博物館法でデジタル活用が制度に位置づけられ、効果が見えやすい接点から着手する方が少ない人手でも回しやすいためです。

専門人材ゼロの体制でも回せる着手順序が分かれば、外部パートナーや補助金をどこまで頼るべきかも判断できます。

美術館DXとは何か

チケットの予約や決済をスマホで済ませ、館内では音声ガイドをアプリで聞く。来館者の多くが、こうした使い方を当たり前として来館します。

単なるデジタル化との違い

紙の台帳や手書きのチケットをデータに置き換える作業は、IT化と呼ばれます。DXが指すのはその先です。運営のやり方や来館者の体験そのものを変える段階までを含む点が、IT化との違いです。

たとえば、チケットを紙から電子に切り替えるだけで止まればIT化にとどまります。そこで集まった来場データを展示の企画や館内の混雑緩和にまで生かして、はじめてDXと呼べる段階に入ります。

DXが関わる二つの領域

美術館のDXが関わる範囲は、来館者と接する部分と館内の業務に分けられます。チケットの予約や受付、音声ガイドは、来館者と直に接する場面にあたります。収蔵品の管理やデジタルアーカイブは、来館者の目に触れない館内側の業務です。

どちらも切り離せない関係にありますが、優先順位は同じではありません。着手するなら、効果が目に見えやすい接点から始める形に無理がありません。

なぜ今、美術館でDXが求められるのか

独立行政法人国立美術館の意識調査によると、20代男性の33.6%が、美術館に一度も足を運びません。同じ20代男性の中に、月1回以上通うヘビー層も全年代で最も多く含まれます。まったく来ない層と、足しげく通う層。来館者の像が二つに割れ、これまでの運営のままでは届く相手が読みにくくなっています。

来館者層の二極化

文化庁の世論調査によると、30歳未満が実際に美術館や博物館へ足を運んだ割合は17.3%にとどまります。一方、同調査でオンラインの文化事業に参加した人に占める30歳未満の割合は34.6%に達しました。物理的な施設では2割を切り、デジタルの入り口では3割を超える計算です。同じ若い世代でも、施設では減り、オンラインでは増えています。

先ほどの20代男性の数字も、施設離れの一言では説明がつきません。まったく行かない層と、月1回以上通う層が同じ年代に同居しているためです。平均だけを見れば来館者は減っているように映りますが、実際には濃淡のはっきりした二つの集団へ分かれつつあります。従来の展示案内や告知をそのまま続ければ、届く層と届かない層の差は開くばかりです。

博物館法改正によるデジタル活用の位置づけ

美術館のデジタル活用は、いまや制度に裏づけられた取り組みです。2023年に施行された改正博物館法は、博物館の機能強化にデジタル技術の活用を位置づけました。

資料のデジタル化や情報発信が、法律上の役割として書き込まれた形です。一過性の流行として片づけられる段階ではなく、国の制度が後押しする方向へと変わりました。

文化庁による支援策

支援は法律にとどまりません。文化庁が公開したミュージアムDX実践ガイドは、進め方と先行事例をまとめた手引きです。あわせて、美術品DX推進事業などを通じた館ごとの後押しもあります。

ガイドと事業がそろっているため、中小の館が独力でゼロから設計図を描く必要はもうありません。頼れるのは、国がまとめた道筋に沿って自館に合う範囲を選ぶやり方です。

専門人材がいないという実態

文化庁の調査によると、デジタルアーカイブを持つ博物館の73.4%が、専門の人材を置かないまま運用しています。すでにデジタル化へ踏み出した館ですら、多くが専任の担当者を持ちません。導入そのものよりも、動かし続ける人が足りていない実態がここにあります。

実際に、補助金で機材やシステムをそろえた後、更新や運用に当たる人が不在のまま使われなくなる館もあります。予算が付いても、扱う人がいなければ設備は止まります。ここで効くのは、資金の多寡よりも人手の不足です。

専門人材ゼロでも回せる範囲から、小さく始める道もあります。それが、人手の限られた中小館にとっての最初の一歩です。

個別の置き換えだけでは止まってしまう

コロナ禍で来館制限がかかったとき、多くの館が予約受付や案内の一部を急いでデジタルに移しました。ところが、その一か所を変えただけで先へ進めず、止まってしまう館もあります。目の前の困りごとに対処するには十分でも、全体をどうしたいかが定まらないままでは、次の一手が続きません。

館全体の目的が決まらないうちに道具だけを増やせば、使いこなす前に運用が滞りがちです。せっかく入れた仕組みが日々の業務になじまず、投じた費用が形だけで終わってしまいます。個別の置き換えは出発点にはなっても、それ単体では長続きしません。

運営が変わる美術館DXのメリット

中小規模の美術館では、受付でのチケット確認、来館者の案内、問い合わせへの対応といった人手を要するやり取りが、開館から閉館まで途切れずに続きます。展示を入れ替える時期や連休には、その負担がさらに重なります。DXは、こうした定型のやり取りを機械に肩代わりさせるところから運営を軽くしていきます。

定型業務の自動化で少人数でも回る

チケット販売や入館管理、館内の案内など、人手を要する定型業務を券売機や事前予約システムに任せる館が増えています。入口で券を確認し、順路を一人ずつ口頭で説明していた手作業が、来館者のスマホと画面での案内に置き換わります。

連休や企画展の混雑時期でも、限られたスタッフで受付が止まりません。行列の整理に人を割く必要が薄れ、職員は調査や展示の準備に集中できます。

実際に、数人で運営する館では、受付から一人抜けられるかどうかで、その日に対応できる問い合わせや作品解説の数が変わります。

収蔵品の保存性向上

収蔵品のデジタル化は、原本を守りながら活用の幅を広げます。光や湿度で少しずつ劣化する資料も、高精細にスキャンしておけば実物を展示ケースから出す必要がありません。

しかも、データをクラウドに保管すれば、火災や地震、水害で建物が被害を受けても記録は残ります。

来館者データの活用

オンラインで前売り券を売ると、誰がいつどの経路で来たのかが記録に残ります。来館者の属性も時間帯も購入経路も、これまでは数字で追えませんでした。

たとえば平日の昼に来る層が多いとわかれば、その時間に合わせた企画を組めます。人気の展示に連動したグッズを用意するなど、勘ではなくデータを起点にした施策を打てます。

これまで来館者の顔ぶれは、受付に立つ職員の印象頼みでした。その感覚を裏づける、あるいは覆す数字が手元に残ります。

コスト削減効果は従来型より大きい

日本総合研究所の試算では、50年間のシミュレーションで、博物館をDX化した場合のコスト削減効果が従来型と比べて約25%にのぼります。同じ試算で公共図書館は約7%でした。同じ公共施設でも、削減幅には三倍以上の開きがあります。

そのため、収蔵・保存・展示と扱う情報量が多く、デジタル化で置き換えられる作業の幅が広い美術館は、他の公共施設よりDXの投資対効果が大きく出やすい施設です。

何から始めるか──美術館DXの進め方

予算も人材も限られる中で全方位に手を広げれば、どれも中途半端で止まります。順序を守るほど、小さな館でも前に進めます。

まず現状を把握し目的を一つに絞る

最初にやるのは、館の現状を洗い出す作業です。来館者数の推移、運営体制、保存資料の状況を一つずつ棚卸しし、どの業務に無理や無駄が生まれているかを一つずつ確かめます。受付の混雑なのか、資料整理の手間なのか、洗い出してみると館ごとに詰まっている場所は違います。

そのうえで、目的を一つに絞ります。混雑を緩和したいのか、資料を将来に残したいのか。どちらも大事に見えますが、二つを同時に追うと予算も人手も分散します。まず一つに決めれば、導入するツールも判断の基準もぶれません。

効果が見えやすい領域から小さく始める

大規模な一括導入から手をつける必要はありません。むしろ、予約管理やチケット発行のように成果が目に見えやすい領域を選べば、失敗しにくくなります。あれもこれもと欲張って範囲を広げすぎると、動き出す前に予算審議で止まってしまう館があります。一つの窓口業務に的を絞るところから入ります。

たとえば、自館でシステムを一から用意する余力がなければ、無理に内製にこだわる必要はありません。チケットの発行や集金そのものを外部の販売サービスに任せる形も選べます。

チケット委託販売とは?費用・メリットデメリット・選び方など解説!

小さく始めれば、うまくいったかどうかがすぐ分かります。窓口の行列が短くなった、当日の受付が楽になった。そうした手応えが一つあると、館内での理解が得やすくなり、次の予算も通りやすくなります。

外部の力を借りる

デジタル人材が館内にいなくても、DXは進められます。設計や運用は外部のベンダーや専門家に頼み、館側は目的と現場の事情を伝える役に回れば十分です。専門知識ゼロの館でも、外の手を借りれば形になります。

費用の面で心強いのが、自治体や文化庁の補助金・支援事業です。文化施設のデジタル化を支える制度もあり、行政との連携が動くかどうかで進み方は変わります。まず窓口に相談し、使える制度を並べるところから。自前で抱え込むより、動き出しは早いはずです。

導入後に効果を測って改善する

導入したら終わりではなく、成果を測る段階に入ります。来館者満足度が上がったか、窓口の業務が軽くなったか。数字や現場の声で確かめていきます。目的を一つに絞っておくと、何を見れば成否が分かるかも迷いません。

そのうえで、結果を次の施策に返します。うまくいった部分は広げ、外した部分は手直しへ。小さな見直しを重ねるうちに、デジタルの使い方は特別な取り組みではなくなり、ふだんの運営の一部として館に根づいていきます。

美術館で広がるDXの取り組み

美術館のDXは、館内の設備を入れ替える話だけではありません。収蔵品をデジタル化して公開する取り組みは、会場に足を運べない層にも届き、公開直後から想定を超えるアクセスを集めています。

オンラインチケットの導入

来館者は事前にスマホでチケットを買い、入口でQRをかざすだけで入館できます。窓口に並ぶ時間がなくなり、係員が半券を切る手間も軽くなります。アプリのインストールは要りません。QRコードの読み取りだけで購入が完結し、日英中を含む7言語に対応する仕組みもあります(QUICK TRIP Ticket)。

紙のチケットとは購入から入場までの流れが変わるため、導入前に仕組みを把握しておくと来館者への説明にも困りません。

QRコード電子チケットとは?使い方・入場の流れ・デメリットなど解説!

そのうえ、日時指定制を組み合わせれば、館内の人数が一時に集中しにくくなり、落ち着いて鑑賞できる環境にもつながります。

デジタルアーカイブの公開

国立科学博物館のかはくVRは、公開1週間で40万ビューを記録しました。ルーブル美術館の3Dガイドサイトは、公開40日間でのべ840万件のアクセスを集めています。これは同館の年間来館者数の約84%に相当する規模です。

会場まで足を運べない層や遠方の人にも、収蔵品を画面越しに届けられます。距離や開館時間の制約から外れた場所で、作品と出会う人が増えていきます。展示室の座席数や開館日数では説明のつかない人数が、画面の向こうで収蔵品に触れました。

多言語デジタルガイド

スマホやタブレットの音声ガイドで、多言語やARを使った解説を提供する館が出ています。来館者自身の端末で、母語の説明を聞きながら作品を見て回れる形です。

実際に、これまで日本語のみの案内で取りこぼしていた外国人来館者にも、展示の背景や見どころが伝わります。案内板を日本語のまま増やしても、母語で解説を求める来館者には届きません。

館内案内だけでなく、チケットの購入段階から多言語に対応しておけば、来館前の予約で同じ取りこぼしを防げます。

インバウンドチケットとは?訪日外国人向け販売のメリット・導入施設・注意点など解説!

DXの第一歩はチケット販売のデジタル化から

来館者が最初に触れるのは、チケットと受付です。ここをデジタルに変えるだけで、効果は早く目に見えます。

来館者のなかには、紙のチケットを記念に残したい人もいます。ただ、電子チケットでもQRコードを読み取るだけで入場は済みます。専用アプリのインストールは要りません。スマホの操作に慣れない来館者でも、入口のハードルは低く抑えられます。

事前予約と電子チケットがそろえば、当日の受付は軽くなります。半券の管理や来場者数の集計といった手作業も減ります。

チケット販売のデジタル化から始めるなら、必要な機能がそろったサービスを選ぶのが近道です。チケミーは、QRコードの電子チケットをアプリ不要で発行・販売できます。海外の来館者にもオンラインで直接売れて、二次流通が起きたときには売上の一部が主催者へ還元されます。

チケミーの資料請求はこちらから!