人気カードは即完売なのに、平日は空席が目立つ。転売サイトで定価の3倍で売られているのに、うちには1円も入らない——興行担当者なら、一度はこうした悩みを抱えたことがあるはずです。

需要に応じて価格を変動させるダイナミックプライシングは、この課題に対する解の一つです。プロ野球、Jリーグ、Bリーグなど国内スポーツ業界でも導入が進み、客単価の向上や在庫リスクの軽減に成功した事例が出てきました。

この記事では、ダイナミックプライシングの仕組みから、導入時に押さえておくべきポイント、そして実際の運用事例までを解説します。なお、チケット以外も含めたダイナミックプライシング全般の仕組みやメリット・デメリットについては、ダイナミックプライシングとは?の記事で詳しく解説しています。

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ダイナミックプライシングの仕組み

ダイナミックプライシングとは、需要に応じてチケット価格を変動させる仕組みです。航空券やホテルで残り3席になると価格が上がる、といった経験をした人も多いでしょう。あれと同じロジックをチケット販売に適用したものです。

従来の固定価格制では、人気カードが即完売しても客単価は変わらない、不人気カードは売れ残って在庫リスクを抱える、という二重の課題がありました。ダイナミックプライシングでは、販売状況・残席数・開催日までの期間・競合イベントの有無などを見ながら、価格を柔軟に調整します。

価格の算出にはAIや機械学習を使うケースが増えています。過去の販売データ、天候情報、SNSでの話題性などを組み合わせて需要を予測し、この条件ならこの価格帯が最適という判断を自動化できます。担当者の勘や経験ではなく、データに基づいて価格を決められる点が強みです。

チケット販売にダイナミックプライシングが広がる背景

なぜ今、チケット業界でダイナミックプライシングが広がっているのか。背景には3つの課題があります。

1つ目は転売問題です。定価5,000円のチケットが転売サイトで20,000円で売れている——この差額15,000円は、本来なら興行主やアーティストに入るはずの収益です。需要に見合った価格を最初から設定すれば、転売屋の利ざやを潰すことができます。

2つ目は機会損失です。固定価格制では、人気カードが即完売してももっと高くても買いたかった層の需要を取り逃がしていました。逆に不人気カードでは、もう少し安ければ行ったのにという層を逃していました。価格の柔軟性がないために、両端の需要を刈り取れていなかったのです。

3つ目はテクノロジーの進化です。オンライン販売が当たり前になり、リアルタイムでの価格変更が技術的に容易になりました。紙チケット・窓口販売の時代には不可能だった運用が、今は現実的なコストで実現できます。

ダイナミックプライシングのメリット

結局、主催者が儲かるだけでは?と思う人もいるでしょう。しかし実際には、購入者にもメリットがあります。双方の視点から整理します。

主催者側のメリット

転売サイトで高値がついているのに、うちの売上は変わらない。平日カードは空席が目立って、会場の雰囲気も悪い——興行担当者にとって、これは日常的な悩みです。ダイナミックプライシングには、以下のようなメリットがあります。

  • 需要に応じて収益を最大化できる
  • 転売業者への利益流出を防げる
  • 閑散期の集客を改善できる
  • 需要データを次回の施策に活かせる

それぞれ詳しく見ていきましょう。

需要に応じて収益を最大化できる

完売御礼と言いながら、売上が前年と変わらない——固定価格制ではよくある話です。即完売しても客単価は上がりませんし、転売市場で定価の数倍で取引されていても、その差額は興行主には1円も入りません。

ダイナミックプライシングなら、需要が高い公演で価格を引き上げ、客単価を上げることができます。この増収分を選手の年俸や施設改修に回せば、チケット代は上がったけど、それに見合う価値があるというサイクルを作れます。

転売業者への利益流出を防げる

転売サイトでの取引価格と公式価格の差——これがそのまま転売屋の利ざやです。定価5,000円のチケットが転売サイトで20,000円で売れていれば、15,000円が第三者に流れていることになります。

需要に見合った価格を最初から設定すれば、この利ざやを潰すことができます。定価で買って転売しても儲からない状態を作れば、転売目的の購入自体が減り、本当に観たい人にチケットが行き渡りやすくなります。

閑散期の集客を改善できる

平日カードや知名度の低い対戦では、どうしても在庫リスク(=売れ残り)を抱えます。空席が目立つと会場の雰囲気が悪くなり、物販・飲食の売上も落ちます。選手やアーティストのモチベーションにも影響します。

たとえば、台風予報が出た時点で価格を下げるとどうなるか。天候悪化で足が遠のく前に、この価格なら雨でも行くかという層を刈り取ることができます。席が埋まれば物販・飲食も動きますし、会場の雰囲気も良くなる。チケット単体ではなく、トータルでの収益改善を狙えるわけです。

需要データを次回の施策に活かせる

価格変動と購買データを蓄積すると、どの対戦カードが客単価が高いか、どの席種から売れるか、何日前に購入が集中するかが数字で見えるようになります。なんとなく人気があるではなく、データで裏付けた意思決定ができるようになります。

このデータは次シーズンのプロモーション設計に直結します。需要が弱い日程は早期割引でリードタイムを確保してキャッシュフローを安定させる、人気席種は価格帯を見直す——といった打ち手が、根拠を持って打てるようになります。

購入者側のメリット

価格が上がるだけで、買う側は損するだけでは?と思うかもしれません。しかし購入者にもメリットがあります。

  • 閑散期に安くチケットを購入できる
  • 公式ルートで入手できる機会が増える
  • 価格で混雑度を予測できる

それぞれ詳しく見ていきましょう。

閑散期に安くチケットを購入できる

平日カードや注目度の低い対戦では、定価より割安な価格が設定されることがあります。観に行きたいけど、チケット代+交通費+飲食代で1万円超えるのはキツいという層にとっては、参加のハードルが下がります。

チケット代が下がった分を飲食やグッズに回せるので、せっかく来たからという消費も増えます。主催者から見れば、価格に敏感な層を取り込みつつ、物販・飲食で回収する戦略が取れます。

公式ルートで入手できる機会が増える

従来は発売日に買えなければ転売サイト頼みだったチケットでも、価格は上がりますが公式ルートで購入できる機会が生まれます。転売サイトでは偽造チケットや当日入場不可のリスクがありますが、公式なら確実です。

どうしても行きたい公演に、転売屋を介さずアクセスできる——この安心感は、熱心なファンにとっては大きな価値です。

価格で混雑度を予測できる

価格が高い=需要が高い=混雑が予想される、という指標になります。人気カードは会場周辺の渋滞や飲食の行列も発生しやすいので、早めに出発しよう、飲食は事前に済ませようといった判断ができます。

逆に価格が下がっている日程は、比較的空いている可能性が高いです。小さな子ども連れでゆったり観戦したい、混雑を避けて快適に楽しみたいという層にとっては、日程選びの判断材料になります。

ダイナミックプライシングのデメリット

メリットばかり強調しましたが、導入の仕方を誤ると逆効果になります。2019年の音楽イベントでは、同じチケットで約1万円の価格差が発生し、SNSでぼったくりと炎上した事例もあります。

主催者側のデメリット

導入すれば収益アップと期待して導入したものの、想定外の壁にぶつかるケースは少なくありません。

  • システム導入・運用にコストがかかる
  • 価格設定を誤ると顧客離れを招く
  • 既存ファンへの説明・配慮が必要になる

それぞれ詳しく見ていきましょう。

システム導入・運用にコストがかかる

需要予測や価格最適化のシステムには、初期費用と月額運用費がかかります。年間の興行回数が少ない、座席数が少ないといった規模では、システム費用を回収できるだけの増収が見込めない可能性があります。

外部ベンダーに依頼するならランニングコスト、自前で構築するならデータ分析の人件費が発生します。年間何回の興行で、客単価がいくら上がればシステム費用をペイできるか——この試算を導入前にやっておかないと、導入したけど赤字という事態になりかねません。

価格設定を誤ると顧客離れを招く

価格変動幅の設定を誤ると、長年通ってくれているファンの信頼を失います。極端な値上げはファンから搾り取っていると受け取られ、SNSで炎上するリスクがあります。一度ぼったくりというイメージがつくと、回復に時間がかかります。

逆に値下げ幅が大きすぎると、待てば安くなると学習されてしまい、発売直後の購入が減ります。早期購入が減ると、事前のキャッシュフローが不安定になり、プロモーションの盛り上がりにも影響します。上限・下限の設計は慎重に行う必要があります。

既存ファンへの説明・配慮が必要になる

毎年同じ席で応援してきたのに、今年から急に値上がりした——長年通ってくれているファンほど、この不満は大きくなります。価格変動の理由を説明しないと、ファンを金づるとしか見ていないと受け取られかねません。

なぜ同じ席なのに日によって価格が違うのかという問い合わせも増えます。ファンクラブ会員向けに固定価格枠を設ける、早期購入者には割引を適用するなど、常連ファンを大切にする姿勢を見せる運用設計が必要です。

購入者側のデメリット

早めに買ったのに、直前に見たら値下がりしていた。友人と同じ試合なのに、自分だけ高かった——こうした経験は、強い不満につながります。

  • 購入タイミングで価格差が生じる
  • いつ買うべきか判断が難しくなる
  • 予算計画を立てにくくなる

それぞれ詳しく見ていきましょう。

購入タイミングで価格差が生じる

同じイベント、同じ席種でも、購入タイミングで価格が変わります。友人同士で一緒に行こうと言っていたのに、購入日が違うだけで支払額に差が出る。これは不公平感を生みやすいです。

航空券やホテルでは価格変動が当たり前ですが、チケットでは同じものは同じ価格という意識がまだ根強いです。主催者としては、なぜ価格が変わるのかを丁寧に説明するコミュニケーション設計が必要になります。

いつ買うべきか判断が難しくなる

待てば安くなるかもしれない。でも待ちすぎると売り切れるかもしれない——この判断を購入者に求めることになります。固定価格なら買いたいときに買うだけでしたが、変動価格だといつ買うのがベストかを考える必要が出てきます。

価格変動のロジックが非公開だと、なぜ今この価格なのかが分からず、不信感につながります。残席状況や価格推移を見せるなど、購入者の意思決定を支援する情報提供があると、この不満は軽減できます。

予算計画を立てにくくなる

固定価格なら年間何試合で何万円と計算できますが、変動価格では試合ごとに金額が変わるため、シーズン全体の出費が読みにくくなります。毎月の趣味予算を決めている人にとっては、管理が複雑になります。

今月は人気カードが多くて出費がかさんだから、来月は観戦回数を減らそう——こうなると、主催者から見れば、常連ファンの年間来場回数が減るリスクがあります。年間パス的な固定価格の選択肢を残すなど、予算管理をしやすい仕組みも併用したいところです。

国内スポーツ業界の導入事例

理屈は分かったけど、実際に導入したらどうなるのか。ここからは、国内での導入事例を見ていきます。成功例だけでなく、課題が浮き彫りになった事例も取り上げます。

プロ野球(オリックス・バファローズ、中日ドラゴンズ)

オリックス・バファローズは2019年7月、京セラドーム大阪での試合で導入しました。対象席種を限定してスタートし、2024年シーズンのオープン戦では全席種に拡大しています。段階的に範囲を広げることで、オペレーション面の課題を潰しながら運用を安定させた事例です。

中日ドラゴンズは2021年シーズンから、バックネット裏後方のパノラマA席750席を対象に導入しました。ダイナミックプラス株式会社の技術を採用し、試合日程・需給バランス・チーム状況などのデータからAIが価格を算出します。いきなり全席種ではなく、一部の人気席種から始めることで、顧客の反応を見ながら調整できる余地を残しています。

Jリーグ(横浜F・マリノス)

横浜F・マリノスは2019年から日産スタジアムとニッパツ三ツ沢球技場のリーグ戦・カップ戦で運用しています。Jリーグの中でも早期に導入したクラブの一つです。

注目すべきは、ファンクラブ会員への配慮です。値下げ幅を最大500円程度に抑え、ファンクラブ会員価格を下回らないルールを設けています。毎年更新してくれる常連ファンに優遇されていると感じさせつつ、一般層には需要に応じた価格で購入機会を提供する。この両立がうまくいった事例です。

Bリーグ(千葉ジェッツふなばし)

千葉ジェッツふなばしは人気チームゆえの課題を抱えていました。発売開始と同時にコアファンがチケットを買い尽くし、興味を持った一般層が購入できない。これではファン層が広がりません。

2020年からダイナミックプライシングを導入したところ、値下げを期待して様子見する層が現れ、購入タイミングが分散しました。結果として、新規ファンもチケットを入手しやすくなり、販売の偏りを緩和できました。価格変動が、意図せず即完売問題を解消した事例です。

音楽イベント(Yahoo!チケット EXPERIENCE)

2019年11月に幕張メッセで開催された「Yahoo!チケット EXPERIENCE VOL.1」は、日本初の全席ダイナミックプライシング導入イベントとして注目されました。しかし、この事例からは課題も浮かび上がりました。

同じチケットでも購入時期で約1万円の価格差が発生し、SNSでぼったくりとの声が上がりました。イベント直前には価格が大幅に下落し、早く買った自分が損したという不満も広がりました。価格変動幅の設計が甘かったこと、事前の説明が不十分だったことが原因です。

この事例は、やり方を誤ると逆効果になるという教訓を残しました。導入を検討している興行主にとっては、反面教師として参考になる事例です。

ダイナミックプライシングを導入するには

うちも導入したいと思っても、いきなりシステムを入れればうまくいくわけではありません。準備不足で導入すると、価格変動のロジックが曖昧なまま運用が始まり、なぜこの価格なのかを顧客にもスタッフにも説明できない状態に陥ります。

顧客データを収集・分析する

最初にやるべきは、自社の販売実績を使えるデータに整えることです。過去のチケット販売データはあっても、どの客層がいつ、どの席種をいくらで買ったかまで紐づけて分析できる状態になっているでしょうか。

多くの興行主は、販売数や売上総額は把握していても、客層別の購買パターンまでは見えていません。ここが見えないと、人気カードで値上げすれば増収という大雑把な運用になり、どの層に響いて、どの層を逃しているかが分かりません。

外部データとの掛け合わせも精度を上げるカギです。たとえば天候と販売実績の相関が取れていれば、雨予報が出たら前日に値下げして直前購入層を刈り取る、といったルールが根拠を持って設計できます。

価格変動幅と更新頻度を設定する

データが揃ったら、次は価格設定のルール作りです。決めるのは、どこまで上げていいか・どこまで下げていいかという上限と下限、そしてどのくらいの頻度で更新するかの2つです。

上限を高くしすぎると、SNSでぼったくりと炎上するリスクがあります。一度悪評がつくと、そのシーズン中ずっと尾を引きます。逆に下限を低くしすぎると、待てば安くなると学習されて、発売直後の購入が減ります。早期購入が減ると、興行前のキャッシュフローが読みにくくなります。

横浜F・マリノスはファンクラブ会員価格を下回らないルールを設けています。毎年更新してくれる常連ファンに、自分たちは優遇されているという納得感を与える設計です。更新頻度は、日次か週次か、問い合わせ対応のオペレーション体制と相談して決めます。

顧客への説明体制を整える

技術的な準備と同じくらい大事なのが、顧客コミュニケーションの設計です。なぜ同じ席なのに日によって価格が違うのか。この問いに、ウェブサイトでも問い合わせ対応でも一貫した説明ができなければ、不信感が広がります。

購入画面に一行だけ注意書きを入れても足りません。なぜ変動するのか、購入者にとってのメリットは何か、いつ買うのがお得かまで伝えて、初めて納得感が生まれます。カスタマーサポート向けのFAQやトークスクリプトも整備しておくと、対応品質がブレません。

導入初期は一部席種・一部公演でテスト運用し、顧客の反応を見てから範囲を広げるのが定石です。いきなり全席種で始めて炎上すると、火消しに追われて本来の改善サイクルが回せなくなります。

まとめ

ダイナミックプライシングを導入すれば、完売しても客単価が上がらない、転売屋に利益を持っていかれる、平日は空席が目立つ——こうした興行主の悩みに、価格の柔軟性で対処できます。一方で、価格設定を誤ればSNSで炎上し、長年通ってくれているファンの信頼を失うリスクもあります。

国内ではプロ野球、Jリーグ、Bリーグで導入事例が増え、運用ノウハウが蓄積されてきました。成功例に共通するのは、常連ファンへの配慮と、価格変動の理由を丁寧に説明するコミュニケーション設計です。逆に失敗例では、価格変動幅の設計が甘く、顧客への事前説明が不足していました。

導入を検討している方は、まず自社の販売データを整理し、年間何回の興行で客単価がいくら上がればシステム費用をペイできるか、どの程度の価格幅なら顧客に受け入れられるかを試算してください。いきなり全席種で始めるのではなく、一部席種・一部公演でテスト運用し、顧客の反応を見てから範囲を広げるのが定石です。

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